大阪地方裁判所 平成10年(ワ)461号 判決 1999年4月20日
大阪市中央区高麗橋四丁目五番一一号
原告
株式会社小鯛雀鮨鮨萬
右代表者代表取締役
小倉宏之
右訴訟代理人弁護士
白波瀬文夫
右補佐人弁理士
濱田俊明
大阪市西区九条三丁目四番四号
被告
すし萬こと 高川繁樹
右訴訟代理人弁護士
長濱靖
主文
一 被告は、その営業にかかるすしを主とする日本料理等の提供業務の営業施設及び営業活動について、「すし萬」、「すし万」、「寿司萬」及び「寿し萬」の商号又は文字を使用してはならない。
二 被告は、その営業の用に供する仕出し箱、箸袋、定価表及び看板、のれんその他宣伝広告物に「すし萬」、「すし万」、「寿司萬」及び「寿し萬」の文字を使用してはならない。
三 被告は、日本電信電話株式会社発行にかかるタウンページに、「すし萬」、「すし万」、「寿司萬」及び「寿し萬」の文字を使用した広告を掲載してはならない。
四 被告は、「すし萬」及び「寿し萬」の文字を付した仕出し箱、箸袋、定価表及び看板、のれんその他宣伝広告物を廃棄せよ。
五 被告は、原告に対し、金五一六万七八〇七円及びこれに対する平成一〇年一月二九日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
六 原告のその余の請求を棄却する。
七 訴訟費用は、これを二分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
八 この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 請求
一 主文第一ないし第四項と同旨。
二 被告は、原告に対し、金二〇〇〇万円及びこれに対する平成一〇年一月二九日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
原告は、「すし萬」の名称ですしを製造、販売するとともに、すしを中心とする日本料理店を経営する会社であり、別紙原告商標権目録記載の各商標権(以下、これらを併せて「原告商標権」といい、その商標を「原告商標」という。)を有している。
本件は、原告が、大阪市西区において「すし萬」との名称ですし店を営業する被告に対し、商標法及び不正競争防止法(二条一項一号)に基づいて、その表示等の使用差止及び損害賠償を請求している事案である。
一 前提的事実(証拠を掲記する事実以外は争いがない。)
1 当事者
(一) 原告は、大阪市中央区高麗橋に本店を置き、国内各所にいずれも「すし萬」の屋号で店舗を出店して、持ち帰り用すしの販売及びすしを主とする日本料理の提供をしている。(甲10、甲43~甲49)
(二) 被告は、大阪市西区九条三丁目のキララ九条商店街に「すし萬」の屋号で店舗を構え、すしを主とする日本料理等を持ち帰り用及び出前で販売するほか、これを店舗内で顧客に提供する営業を行っている。
2 原告の商標権
原告は、別紙原告商標権目録(一)ないし(四)記載の商標権(以下、「原告商標権(一)ないし(四)」といい、これらの商標を「原告商標(一)ないし(四)」という。)を有する。(甲1~甲4の各1、2)
3 被告の表示
被告は、その店舗において営業の用に供し、あるいは宣伝広告のために使用する別紙被告表示目録【被告表示物】欄記載のものに、同別紙【被告表示】欄記載の表示をしている(争いがあるものについては、同別紙【証拠】欄記載の証拠。以下、被告が使用する表示を「被告表示」という。)。
第三 争点
一 商標権に基づく請求
1 被告表示は、原告商標に類似するか。
2 被告は、原告商標について、先使用に基づく使用権を有するか。
二 不正競争防止法に基づく請求
1 原告商標は、持ち帰り用すしの販売及びすしを主とする日本料理等の提供にかかる業務について、原告の商品ないし営業を示す表示として需要者の間に広く認識されているか。また、需要者の間に広く認識されているとした場合、それはいつからか。
2 被告表示は、原告の表示と類似し誤認混同を生ずるおそれがあるか。
3 被告は、原告の表示が周知性を取得する以前から不正の目的でなく被告表示を使用していたものとして、不正競争防止法一一条一項三号により同法の適用が除外されるか。
三 損害
第四 当事者の主張
一 争点一(商標権)について
1 争点一1(類似)について
【原告の主張】
(一) 被告表示のうちの商品商標については、「すし萬」は原告商標(二)と同一で原告商標(一)及び(三)と類似し、「寿し萬」は原告商標(一)ないし(三)と類似し、「すし万」は原告商標(三)と同一で原告商標(一)及び(二)と類似し、「寿司萬」は原告商標(一)ないし(三)と類似する。また、被告表示のうち役務商標については、「すし萬」は原告商標(四)と同一であり、「寿し萬」、「すし万」及び「寿司萬」は原告商標(四)と類似する。
(二) 被告の取扱商品は、持ち帰り用及び出前で販売するすしを主とする日本料理等であり、原告商標権(一)ないし(三)の指定商品であるすしと同一又は類似である。また、被告の取扱役務は、店舗内におけるすしを主とする日本料理等であり、原告商標権(四)の指定役務であるすしと同一又は類似する。
【被告の主張】
(一) いわゆる『すし』には、「すし」、「寿司」及び「鮨」との文字表記があり、右三者は類似性がないというべきであるから、原告商標(一)の「鮨萬」と、被告表示「すし萬」及び「すし万」とは類似しない。
また、商標の類似は、出所の混同を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきところ、被告表示は、その具体的使用態様において原告商標(一)とは出所の混同が生じないばかりか、過去数十年間、現在の場所において営業表示として使用してきており、電話帳にも店舗所在地が明記されているから、被告表示が原告商標と混同を生ずることはない。
(二) 被告が営業する店舗は大阪の下町にあり、その取扱品目の大部分は大衆食堂と同様で価格は低廉であり、すしは一部分にすぎない。被告は、創業以来現在に至るまで、原告の主力製品である「小鯛雀鮨」を製造したことはない。
2 争点一2(先使用権)について
【被告の主張】
(一) 被告が営業に用いている「すし萬」との表示は、先代である訴外江草萬吉が昭和初年ころ被告店舗所在地で日本料理店を開業した際に、営業表示として自らの名前を一文字取って命名したことに始まる。被告は、昭和三〇年ころ右日本料理店に就職し、昭和三七年ころ江草萬吉の死亡により二代目として営業を承継することとなり、以後、現在に至るまで営業を継続している。
(二) 被告は、原告が用いている「すし萬」の名称の存在も知らず、原告が商標登録出願をしたことも知らなかった。
(三) 被告の店舗は、大阪市西部に明治時代以降存在した大歓楽地松島に接する九条新道商店街の中心部にあり、江草萬吉は一流料理人であったことから被告店舗は大阪市西区の中では近隣において有名であった。被告は右店舗を江草萬吉から承継し、その味においては非常に有名な店として現在に至る。
被告表示は、被告の商品又は役務を表示するものとして大阪市西区の需要者の間では広く認識されていた。
(四) よって被告は、商標法三二条に基づく先使用権を有する。
【原告の主張】
原告の商標権(一)は、昭和二七年五月の出願にかかるものであり、その後の使用の主張は右権利については先使用権の主張として意味を持たない。
また、被告の被告表示の使用が不正競争の目的でないこと及び出願の際現にその商標が自己の業務にかかる商品又は役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されていたことについては争う。
二 争点二(不正競争)について
1 争点二1(周知性)について
【原告の主張】
(一) 原告は、承応二年(西暦一六五三年)、原告代表者の祖先が大阪にて魚とすしを販売する店舗を創業し、天明元年(西暦一七八一年)になって、八代目当主萬助が「すし萬」の屋号を用いるとともに「小鯛雀鮨」を創始し、その家業は「小鯛雀鮨のすし萬」として、代々禁裏御用達となるなど有名となった。先代である一四代当主の時代に有限会社、次いで株式会社組織としたが、一貫して屋号としての「すし萬」の使用を継続している。
(二) 原告は現在、「すし萬」の店舗を、本店のほかに、大阪市内に西区靭本町店、リーガロイヤルホテル店、大丸心斎橋店の三軒の料理店を有し、また、大阪市内では阪神百貨店、阪急百貨店、高島屋、大丸、近鉄百貨店及び三越の各店舗内に、名古屋では松坂屋の店舗内に持ち帰り用のすし店を有し、その他、原告が株式を一〇〇パーセント保有する株式会社阪神すし萬、株式会社名古屋すし萬及び株式会社東京すし萬が有する店舗を含めると、全国に合計二二店舗を有する、国内でも有数のすし店である。
(三) 原告のすし店の屋号である「すし萬」の名称の使用は二〇〇年以上に及び、明治年間には、大阪はもとより日本全国の需要者に広く認識され、原告の営業表示かつ商品表示として著名なものとなっていた。
【被告の主張】
争う。
平成一〇年六月現在において、被告以外にも、大阪府茨木市に「寿司万」、兵庫県尼崎市に「寿司萬」、大阪府堺市に「寿し萬」、大阪市港区に「寿司萬」、「寿し萬」と称する店舗があり、「すし萬」と同一称呼の標章を使用する者は多数存在する。
2 争点二2(類似及び誤認混同)
【原告の主張】
被告は原告の営業表示と同一ないし類似の営業表示を使用し、また原告の商品表示と同一ないし類似の商品表示を使用した商品を販売している。
原告は、大阪市内を中心に多数の店舗を展開しているところ、被告が大阪市内で原告と同一の表示を冒用して営業することにより、顧客は被告店舗が原告の出店にかかるものと誤認混同することは必定であり、被告の行為は、結局のところ、原告の多年の企業努力により築き上げた著名表示の信用・名声・評判にただ乗りして、不当な利益を挙げようとするものである。
【被告の主張】
一1【被告の主張】と同じ。
3 争点二3(不正競争防止法の適用除外)について
【被告の主張】
一2【被告の主張】(一)ないし(三)と同じ。
【原告の主張】
原告の「鮨萬」や「すし萬」の表示は、既に明治年間に全国に著名となっていたから、被告の主張は失当である。
三 争点三(損害)について
【原告の主張】
(一) 逸失利益
(1) 商標法に基づく請求((2)と選択的主張)
<1> 商標法三八条二項(主位的主張)
被告の一日の売り上げは一〇万円を、すし店営業における純利益率は二〇パーセントをいずれも下らないから、被告の過去三年間の売り上げは一億〇九五〇万円、被告が原告商標権を侵害することにより得た利益は二一九〇万円をそれぞれ下らない。
右利益額は、商標法三八条二項により、原告の損害の額と推定される。本訴では、内金一〇〇〇万円を請求する。
<2> 商標法三八条三項(予備的主張)
本件における「すし萬」の標章は、全国的に著名であり、とりわけ大阪地区においては著名性が顕著であるところ、仮に原告がこれを第三者に使用許諾する場合には、権利者である原告が受けるべき金額は売上高の一〇パーセントを下らない。
原告は、商標法三八条三項に基づき、被告の過去三年間の売り上げ一億〇九五〇万円の一〇パーセントである一〇九五万円の損害賠償請求権を有する。
本訴では、内金一〇〇〇万円を請求する。
(2) 不正競争防止法に基づく請求((1)と選択的主張)
<1> 不正競争防止法五条一項(主位的主張)
前記(1)<1>のとおり、被告は過去三年間で二一九〇万円の利益を得ているところ、右利益額は、不正競争防止法五条一項により原告の損害と推定される。
本訴では、内金一〇〇〇万円を請求する。
<2> 不正競争防止法五条二項(予備的主張)
前記(1)<2>のとおり、原告が「すし萬」の標章を第三者に使用許諾する場合には、権利者である原告が通常受けるべき金額は売上高の一〇パーセントを下らない。
原告は、不正競争防止法五条二項に基づき、被告の過去三年間の売り上げ一億〇九五〇万円の一〇パーセントである一〇九五万円の損害賠償請求権を有する。
本訴において、内金一〇〇〇万円を請求する。
(二) 著名表示の希釈化及び信用毀損による損害
被告が「すし萬」等の表示を使用することは、原告が築いた著名表示である「すし萬」と原告の結びつきを希釈化するものである。
また、原告は江戸時代より禁裏御用達を受けて現在に至っており、高級すしとしての評判を維持することに努力して経営してきた。しかるに、被告の経営方針は、原告と同一の営業表示を掲げて下町の大衆的な商店街に店舗を構え、原告と同一の商品表示で低価格のすしを販売するばかりか、タウンページに広く広告を掲げて電話注文を受けて低価格のすしを出前するものであり、原告が永年の努力により高級すしとしての信用・名声・評判を獲得した「すし萬」という著名表示の信用は、右のような被告の行為により著しく害されている。
これにより原告が被った損害を金銭に換算すると、一〇〇〇万円を下らない。
【被告の主張】
争う。
原告の営業収支は、実質的には赤字である。
第三 当裁判所の判断
一 「すし萬」との表示が原告の営業ないし商品の出所を示すものとして、需要者の間に広く認識されているか(争点二1)について
1 甲第九ないし第三〇号証、第三六、第三七号証及び弁論の全趣旨によれば、原告代表者の祖先(代々「萬助」を名乗っていた。)は、遅くとも寛政四年(西暦一七九二年)ころには、現在の大阪市内において「鮨萬」の名称ですし店を営業しており、同年発行の「食べもの番附」の東の一一枚目に「鮨萬」の名称が掲載されており、以降今日まで代々の当主が家業として継続して「鮨萬」又は「すし萬」との屋号ですし店を営業していること、文化文政年間(西暦一八〇四年~一八三〇年)ころには、小鯛を用いた小鯛雀鮨と称する押しずしを完成して販売をして好評を博し、この小鯛雀鮨は今日まで原告の主力商品として販売されていること、また、江戸時代中より禁裏御用を始め、聖護院宮、照高院宮、白川御殿等の御鮨師となったほか、明治元年及び明治五年には明治天皇の御用を勤めたこと、現代表者の祖先で一四代当主(七代目萬助)の小倉英一が昭和二五年に家業のすし店を法人化して有限会社小鯛雀鮨鮨萬を設立し、その後株式会社に組織変更(現在の原告)し、今日に至っていることが認められる。
右事実によれば、「鮨萬」との表示は、すしの販売についての原告の前身のすし店の営業及び商品を示すものとして、遅くとも明治年間には、大阪地区において広く需要者に認識されていたものと推認することができる。
2 前掲甲第一〇号証及び第一六号証に加え、甲第四三ないし第四九号証及び弁論の全趣旨によれば、原告は、現在、大阪市中央区高麗橋にある本店、同市西区靭本町にある靭本町店のほか、リーガロイヤルホテル、阪神百貨店、阪急百貨店、三越、高島屋、大丸心斎橋店、近鉄百貨店アベノ店、松坂屋名古屋本店などの各店舗内に店舗を有し、また、一〇〇パーセント出資の子会社である株式会社東京すし万及び株式会社名古屋すし万がそれぞれ、東京、名古屋に店舗を有すること、平成二年一〇月に日本経済新聞社が集計したアンケート報告書によれば、アンケートに答えた大阪府及び大阪府近県に在住する者のうちの五二・五パーセントが原告の店舗を利用したことがあり、また、「すし萬」を原告の名称として知っている者は、アンケートに答えた者全体のうちの六九・二パーセントに上り、特に六〇歳以上の年齢層では八八・六パーセントが原告の名称を知っていることが認められる。
右各事実からすれば、「すし萬」との表示が原告の営業ないし商品を示すものとして、少なくとも大阪府周辺においては、現在においても需要者の間に広く認識されていることが認められる。
被告は、平成一〇年六月現在、被告以外にも大阪府周辺に「すし萬」と同一称呼の標章を使用する店舗が多数存在する旨主張するところ、乙第四ないし第七号証によれば、大阪府周辺に少なくとも四か所、「寿司萬、寿し萬」(大阪市港区)、「寿司萬」(大阪府茨木市)、「寿司萬」(兵庫県尼崎市)、「寿し満」(大阪府堺市)の名称を使用するすし店が存在することが認められる。しかし、これらは、原告の営業表示である「すし萬」と同一でないのみならず、これらの営業表示が需要者に広く知られているといった事情を認めるに足りる証拠もなく、これらの営業表示の店舗が存在しているからといって、原告の営業表示の周知性を認定する妨げとなるものではない。
二 被告表示(「すし萬」、「寿し萬」、「すし万」及び「寿司萬」)は、原告の表示と類似し誤認混同を生じるおそれがあるか(争点二2)について
1 原告が現在用いている表示は、「鮨萬」あるいは「すし萬」であると認められるところ、前掲各証拠によれば明治年間において原告が「鮨萬」の名称を用いていたことは認められるものの、同時期に「すし萬」の表示を使用していたと認めるに足りる証拠はない。
そこで、被告表示が原告の明治年間から使用している表示である「鮨萬」及び現在の原告の表示である「すし萬」と誤認混同を生じるおそれがあるか否かを検討する。
2 まず、原告が使用する表示である「鮨萬」及び「すし萬」は、いずれも「すしまん」と称呼されるものであることが明らかである。
3 これに対し、被告表示は、別紙被告表示目録記載のとおり、「すし萬」、「すし万」、「寿司萬」及び「寿し萬」であるところ、これらはいずれも「すしまん」と称呼されるものと認められる。
4 そうすると、原告の「鮨萬」及び「すし萬」との表示と被告の用いる各表示は、称呼を同一にするものであって、類似しているものと認められる。
そして、原告は持ち帰り用すしの販売及びすしを主とする日本料理の提供を業としているところ、被告は、大阪市西区九条の商店街においてすしを主とする日本料理等を持ち帰り用及び出前で販売するほか、これを店舗内で顧客に提供する営業を行っており、被告がその営業に被告表示を使用することは、需要者に原告の商品及び営業と誤認混同を生じさせるおそれがあるというべきである。
なお、本件全証拠によっても原告が明治年間においてすしの提供を主とする日本料理店を営業していたと認めるに足りる証拠はないが、前記のとおり、「鮨萬」の表示は、明治年間において、すしの販売を業務内容とする原告の営業の表示として需要者に広く認識されており、他方、被告の営業は、持ち帰りずしの販売、すしの出前のほか、すしの提供を主とする日本料理店であるから、いずれも取り扱う商品の品目が同一であって、誤認混同を生じるおそれがあることには変わりがなく、右の点は、前記結論に影響を与えるものではない。
また、被告は、被告が営業する店舗は大阪の下町にあり、その取扱品目の大部分か大衆食堂と同様で価格は低廉であるなどと主張するが、右のような事情が存在するとしても、前記認定の原告表示と被告表示の類似性及び営業の同種性に照らせば、誤認混同を生じるおそれを否定するに足りるものではない。被告本人尋問の結果によっても、現に需要者の中には電話帳で被告の表示を見て原告の店舗と間違って電話をかけてくる者もあることが認められ、誤認混同のおそれがあることは否定できないところである。
以上によれば、原告は、被告による不正競争防止法二条一項一号所定の不正競争によって営業上の利益を侵害されているものと認められる。
三 被告の被告表示の使用は不正競争防止法の適用除外を受けるか(争点二3)について
被告は、被告の先代が昭和元年ころから「すし萬」の名称で現在の被告店舗所在地において寿司店を経営しており、被告は右店舗を承継したから先使用権を有すると主張するが、前記一で認定したとおり、「鮨萬」との表示は、遅くとも明治年間には原告の営業及び商品の出所を示す表示として周知であったと認められるから、右時期よりも遅れる時期の使用にかかる被告の主張はそれ自体失当である。
四 原告の損害(争点三)について
1 主位的主張(不正競争防止法五条一項)について
前記認定事実に加え、被告本人尋問の結果によれば、被告は原告の「すし萬」が小鯛雀鮨を製造販売する著名なすし店であることを知っていたことが認められ、これらの事実によれば、被告は前記不正競争行為について少なくとも過失があったというべきである。
乙第一七ないし第二二号証及び被告本人尋問の結果によれば、被告の営業所得は、平成七年は一八二万八八二〇円、平成八年は一七二万七四九〇円、平成九年は一六一万一四九七円であることが認められる。
そうすると、被告が被告表示を使用して得た利益は、平成七年から平成九年までの間に五一六万七八〇七円であり、右利益額は不正競争防止法五条一項により、原告が被った損害と推定される。本件において、右推定を覆すに足りる立証はない。
2 予備的主張(不正競争防止法五条二項)について
前掲各証拠によれば、被告の営業収入は、平成七年が一八四二万六七九〇円、平成八年が一八三七万二九三〇円、平成九年が一八九四万三四六〇円であることが認められる。
したがって、被告が被告表示を使用して行った営業による売り上げは、平成七年から平成九年までの間で合計五五七四万三一八〇円となるところ、前記一2で認定したとおりの原告の「鮨萬」あるいは「すし萬」表示の周知著名性に鑑みれば、原告が通常受けるべき金銭の額は、売上額の五パーセントが相当であると認められる。
そうすると、不正競争防止法五条二項に基づいて原告が被告に請求できる金額は、五五七四万三一八〇円の五パーセントに相当する二七八万七一五九円であると認められ、主位的請求により認められる金額に満たないから、原告の予備的請求の主張は採用しない。
3 著名表示の希釈化及び信用毀損による損害について
原告は、被告が「すし萬」の表示で、低廉な価格ですしを提供することにより原告と「すし萬」の表示の結びつきが希釈化され、あるいは原告の信用が毀損されたとして損害賠償を請求するが、本件全証拠に照らしても原告が現実にこれらの損害を被ったと認めるに足りる証拠はない。
4 原告は、不正競争防止法に基づく損害賠償の請求と選択的に、商標権侵害に基づく損害賠償も請求しているが、原告主張の商標権侵害が認められるとしても、損害の額が右に認定したところを超えるものではない。
五 結論
よって、原告の請求は主文の限度で理由がある。
(平成一一年二月四日口頭弁論終結)
(裁判長裁判官 小松一雄 裁判官 高松宏之 裁判官 水上周)
被告表示目録
【被告表示物】 【被告表示】 【証拠】
店舗正面看板 「すし萬」
店舗正面上部電飾看板 「すし萬」
店舗右手大看板 「すし萬」 甲5
路上電飾看板 「すし萬」
のれん 「すし萬」
箸袋 「寿し萬」
定価表 「すし萬」
仕出し箱 「すし萬」
電話帳広告 「すし万」、「寿司萬」 甲33、甲34
原告商標権目録(一)
登録番号 第〇四四二五二一号
出願日 昭和二七年一二月五日
登録日 昭和二九年三月二三日
存続期間の更新登録 昭和四九年七月二五日、昭和五九年六月二〇日、平成六年七月二八日
商品の区分 第四五類
指定商品 寿司
登録商標 別紙のとおり
<省略>
原告商標権目録(二)
登録番号 第一三一八二六二号
出願日 昭和四八年七月六日
登録日 昭和五三年一月一〇日
存続期間の更新登録 昭和六三年三月二五日
商品の区分 第三二類
指定商品 すし
登録商標 別紙のとおり
<省略>
原告商標権目録(三)
登録番号 第一三三四四八四号
出願日 昭和四八年七月六日
登録日 昭和五三年五月一五日
存続期間の更新登録 昭和六三年四月二〇日
商品の区分 第三二類
指定商品 すし
登録商標 別紙のとおり
<省略>
原告商標権目録(四)
登録番号 第三一六五七六〇号
出願日 平成四年九月三〇日
登録日 平成八年六月二八日
役務の区分 第四二類
指定役務 すしを主とする日本料理の提供
登録商標 別紙のとおり
<省略>